大国の論理と小国の憂鬱

大国の論理と小国の憂鬱

27日にオバマ大統領が、「伊勢志摩サミット」参加のため、来日しました。

その折、歴代の大統領としては、初めて広島を訪問しスピーチを行いました。スピーチは、大方の予想を超え17分間に及びました。

それに先だって、原爆資料館を訪ね、持参した4羽の折り鶴を当館に寄贈しました。オバマ大統領が自ら折ったもので、直筆のサインと共に寄贈されました。

これまで一度も歴代の大統領が広島を訪れていなかったことも、驚きですが、オバマ大統領の心のこもったスピーチにも心を動かされました。

世界で唯一の被爆国として、原爆を投下した国の大統領の訪日を望んでいた人々にとって、今回の来訪は、歴史的に価値のあるものだったと思います。決して、謝罪を求めるものではなく、唯々現地を訪れてその目で現状を見て欲しかったという切なる願いです。

核のない世界を叫んできたオバマ大統領だからこその行動だったでしょう。

原爆投下という過去の過ちを、子孫である私たちは、質さなければならない。

大国の倫理の前では、私たちはあまりにも無力です。

しかしながら、核軍縮の流れは緩やかで、核を持つことによる「核抑止力」という矛盾から脱却できていないのも事実です。

原爆投下による戦争終結という結末には、日本と米国では、賛否が分かれるところですが、

71年前の「あの日」が消えないことも事実です。

驚くべきは、戦後復興から立ち直った日本が、経済の面で列強の大国と肩を並べる日が来るとは、

誰が予想したでしょうか。私たちの国で起こった事に対し、私たち自身も責任を持たなければいけない。

平和と戦争は常に二律背反。かくも遠く、糾える縄のごとし。